東京地方裁判所 昭和60年(ヨ)2218号
申請人
三浦郁雄
右代理人弁護士
荒木和男
同
早野貴文
同
釜萢正孝
同
近藤良紹
被申請人
相銀住宅ローン株式会社
右代表者代表取締役
中嶋晴雄
右代理人弁護士
益田昂
同
仁科哲
主文
本件仮処分申請をいずれも却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
理由
第一当事者の申立て
一 申請人
(1) 申請人が被申請人に対し雇用契約上の地位を有することを仮に定める。
(2) 被申請人は、申請人に対し、金三九万六八二〇円及び昭和六〇年二月二〇日から本案判決言渡しに至るまで毎月二〇日限り月額金三九万六八二〇円の割合による金員を仮に支払え。
二 被申請人
主文と同旨
第二当裁判所の判断
一 申請人に対する懲戒解雇処分
疎明資料及び審尋の結果によれば、次の事実を認めることができる。
(1) 被申請人会社は、全国の相互銀行七二行が母体となって設立され、現在は相互銀行六九行、信託銀行七行、都市銀行一行、生命保険会社一七社、損害保険会社一九社のほか、長期信用銀行などが株主となって構成されている会社であり、大蔵大臣の直轄住宅金融会社の指定を受けて、住宅資金の貸付け等の営業を行っている。
(2) 申請人は、昭和五八年一月一四日付けで被申請人会社と雇用契約を締結し、本店営業部営業課の審査役として、住宅ローン申込者の自己資金の確認、返済能力の調査、担保となるべき物件の評価、借入申込者及び連帯保証人の意思確認等の審査を行い、必要書類を調えたうえ、禀議書を作成して上司の決裁に回す業務に従事していた。
(3) 被申請人会社は、申請人に対し、昭和五九年一〇月二日付けで賃金減給の懲戒処分をし、更に、同年一一月二四日付けで自宅待機を命じたうえ、同年一二月一五日付けで懲戒解雇処分(以下「本件解雇」という)をした。
(4) 被申請人会社は、申請人に対し、本件解雇の日に解雇予告手当として三九万二五〇〇円を口座振込みの方法により支払ったが、申請人が同月二二日にこれを返金してきたので、同月二六日にこれを供託した。
二 申請人の懲戒事由
疎明資料及び審尋の結果によれば、少なくとも次の事実を認めることができる。
(1) 申請人は、被申請人会社に入社するに当たって「昭和三七年四月帝京大学経済学部入学、昭和三八年五月同大学中退、同年六月埼玉県警察学校入校、昭和四七年四月埼玉県警察退職」と記載した履歴書を提出し、面接においてもその旨経歴を申告した。そこで、被申請人会社は、中退とはいえ大学に在籍していたことや警察官としての経歴も長いことなどを考慮して、申請人を審査役として採用し、最終学歴が高等学校卒業の場合より上位に格付けた給与を支給することとした。ところが、真実は、帝京大学入学の事実はなく(ちなみに、経済学部は昭和四〇年四月創設)、埼玉県警察学校へ入校したのが昭和三九年一〇月、埼玉県小川警察署を退職したのが昭和四一年二月であり、その後申請人は、同年四月に群馬県片品村役場職員となり、在職中の昭和四七年一〇月に横領容疑で逮捕され、昭和四八年一月に不起訴処分となって、同年二月に同役場を退職していた。
(2) 申請人は、被申請人会社の審査役として、佐建工業株式会社の代表者である佐藤幸に対する土地建物購入のための五〇〇〇万円の貸付け、同人がビルを購入するための堺次郎名義での一億四〇〇〇万円の貸付けや、同社取扱物件の購入者に対する住宅ローンとしての貸付けなどの案件を取り扱ったが、このような職務を行う間に、上司である山口喜義営業課長らとともに、佐建工業から、約四か月にわたり一か月五回程度の割合で酒食の供応を受け、また、計四回ほどソープランドでの遊興の供応を受けた。
(3) 申請人は、昭和五八年一二月八日ころ、佐建工業の佐藤幸から、同社が高橋リサから三〇〇〇万円の融資を受けるための仲介を依頼され、これを受けて、山口営業課長とともに高橋を訪ね、同人に対し、近く被申請人会社から佐建工業に対して四億五〇〇〇万円の融資が実行されるとの見込みの下に、それまでの一時つなぎの資金として右三〇〇〇万円の融資をするよう持ち掛け、高橋をして右融資を行わせたが、その際、同人から謝礼として三〇万円の贈与を受けた。
(4) 申請人は、昭和五九年一月二〇日、佐建工業の佐藤幸からの斡旋を受けて、長沢正康が国際商品相場での欠損の穴埋めのために借入れを希望していることを知りつつ、これを住宅の増改築のために使用するものと装って住宅ローンを組むことを承諾し、同人の父である長沢正治を何ら保証意思を確認することなく連帯保証人に仕立て、その署名押印欄には長沢正康やその妻に代署押印させるなどした審査書類を作成して、同月三〇日、被申請人会社をして長沢正康に対し三六〇〇万円の貸付けを住宅ローンとして実行させた。この際、佐藤幸に対しては、長沢正康から裏手数料として三六〇万円が支払われた。なお、この件については、長沢正治が、同年三月に長沢正康の莫大な借金と自らの覚えのない連帯保証を知り、同年七月に繰上手数料五四万円を加えて全額を繰上返済した。
(5) 申請人は、同年三月、株式会社明代商会が物件仲介した東松山マンションの売買に関し、同社の斡旋により購入者八人について住宅ローンを組むに当たり、同マンションが建築後二年半を経過しているのにこれを新築としたうえ物件価格を過大に評価して、同年三月末から四月にかけ、被申請人会社をして担保価格を上回る過剰貸付けを実行させた。右貸付額は、うち四人については当時使用されていたパンフレットの販売価格の一〇〇パーセント、残る四人についても同九一ないし九八パーセントであった。しかも、申請人は、右一〇〇パーセント融資をさせた四人のうち森田昭好、鳥居虔樹及び浅井薫の三人については、借入申込書に添付される借入申込者又はその連帯保証人の自己資金認定資料として、第三者の定期預金証書等の写し(そのうちには、明代商会代表者の佐藤正三名義のものも含まれる)を用い、その名義人欄を借入申込者又はその連帯保証人の名前に自らが書き改めたものを被申請人会社に提出した。
(6) 申請人が被申請人会社で審査を取り扱った融資案件は全部で一二一件、金額にして二八億八一〇〇万円あったが(繰上返済分を除く)、その昭和五九年九月末現在の延滞率は、全体でも件数で一九・八パーセント、金額で二五・四パーセントの高率を示し(被申請人会社全体では、延滞率は件数、金額とも五パーセント前後)、特に、そのうち佐建工業経由の九件、三億九二四〇万円については件数で五五・六パーセント、金額で六八・七パーセント、明代商会経由の一七件、三億〇〇九〇万円については件数で五八・八パーセント、金額で六三・四パーセントという異常に高い数値を示した。更に、この延滞率は、昭和六〇年三月末に至ると、全体で件数三三・九パーセント、金額三八・三パーセント、うち佐建工業経由が件数六六・七パーセント、金額七六・三パーセント、明代商会経由が件数七〇・六パーセント、金額六五・四パーセントにも上っている。
三 解雇に至る手続経過
疎明資料及び審尋の結果によれば、次の事実を認めることができる。
(1) 被申請人会社では、昭和五九年六月二五日から七月一二日まで、社内の検査役により本店営業部に対する特別検査が実施されたが、その結果報告において、申請人が審査を取り扱った佐建工業経由の融資案件のほとんどが不自然案件であるとの指摘がされた。また、前記二(3)の高橋リサから佐建工業への融資に関し、被申請人会社は、高橋から、同年七月一三日付けの内容証明郵便により、佐建工業が借入金を返済せず、申請人に善処方を申し入れても誠意がないので、申請人の使用者として責任ある回答をするよう催告する旨の通知を受け、申請人が右融資に関与しているのではないかとの疑いを持った。更に、被申請人会社は、前記二(4)の長沢正康に対する融資に関し、同年八月一七日、同人とその妻から前記認定どおりの事実経過であった旨の説明を受け、同月二〇日には、申請人も同席させて、長沢正康、長沢正治らから補足説明を受けた。その際、申請人は、長沢正治には直接に会って保証意思を確認した、書類は長沢正康に持ち帰らせ長沢正治の自署押印があるものを受理した旨の弁明を行った。そして、その後の調査により、前記二(5)の東松山マンションの件に関し、その住宅ローン案件が八件ともほぼ全額ローンであり、かつ、うち三件には変造された自己資金認定資料が添付されていることなども判明したので、被申請人会社は、申請人を解雇するか否かについての賞罰委員会を開催することとした。
(2) 被申請人会社は、同年九月二七日、申請人の出席を求めて賞罰委員会を開いた。同委員会の席上、申請人は、東松山マンションの件に関する委員からの質問に答えて、パンフレットは明代商会らに再三請求したが、二年も前に作成されたものであるため今はないとのことで入手できず、評価の参考にはできなかった、物件価格の評価や融資額は自分では妥当と考えている、問題の自己資金認定資料は、忙しかったので原本との照合はしなかったが、写しの名義人の名前は自分が書いたものではない、誰かが自分の字をまねて書くことは十分可能と思う、ここまで来てうそは絶対に言わないと述べた。また、申請人は、長沢正康に対する融資に関し、長沢正治は申請人の面前で保証を承諾のうえ自署押印したのかとの委員からの質問に対しては何も答えず、佐建工業や明代商会はローン斡旋屋ではないかとの質問に対しては、案件が進むにつれ結果として斡旋屋ということが分かったと答えていた。
(3) 賞罰委員会での結論は、現段階では申請人に業者との癒着があるかどうかは不明であるが、東松山マンションの件について申請人が認めた事実と長沢正康に対する融資とに限っても、申請人の審査は不適切であり、しかも、前記二(6)のように特定業者が持ち込んだ案件に延滞が多発しているので、申請人を減給処分とするのが相当である、ただし、今後新たな事実が判明すれば再び懲戒問題となり得る、というものであった。そこで、被申請人会社は、同年一〇月二日、申請人に対し、明代商会、佐建工業等の関連融資の取扱いについて審査役としての任に欠ける点があるとの理由で、前記一(3)の減給処分を行った。なお、申請人は、同年九月末に本店営業部管理課に配置換えになり、自己が担当した案件の延滞回収に当たることとなった。
(4) その後、同年一一月七日に山口前営業課長(同年六月に懲戒解雇)、佐建工業の佐藤幸らが被申請人会社を訪れたので、被申請人会社は、申請人を同席させて会談をもった。ところが、そこでの関係者の話の内容から、被申請人会社は、申請人が業者と予想以上に癒着しているとの疑いを抱いたので、申請人に対し、そこで問題となった点につき弁明書を提出するよう要求した。申請人は、同日、弁明書を提出したが、その中で、前記二(2)の佐建工業からの供応に関しては、ソープランドの点を含めある程度の供応を受けたことを認め、また、同(3)の高橋リサからの金員受領に関しては、融資の話が終了すると高橋から奥の事務室へ呼ばれ白い封筒を受け取ったが、現金とは思わなかったと述べていた。更に、その後、申請人の警察官としての経歴に偽りがあることも判明したので、被申請人会社は、このように新たに判明してきた事実について早急に調査をして賞罰委員会を開くこととし、同月二四日、申請人に対し、それまで自宅待機をするよう命じた。
(5) 被申請人会社は、その後調査を進め、同年一二月六日、申請人の出席を求めて再度賞罰委員会を開いた。同委員会の席上、申請人は、委員からの質問に答える形で、帝京大学には履歴書記載のとおり間違いなく入学している、佐建工業からは約四か月の間一か月五回くらい飲食の提供を受けたが、リベートは一円も受け取っていない、高橋から受け取った白い封筒は書類だと思って山口課長に渡したなどと述べた。そこで被申請人会社は、これまで申請人が否認してきた点について、外部機関に正式に調査依頼するなどして、更に事実関係を明確にすることとした。
(6) 被申請人会社は、同年一二月一四日、三回目の賞罰委員会を開き、前回以降の調査結果に基づいて申請人の処分を検討した。右の調査結果によれば、申請人の真実の経歴は前記二(1)のとおりであり、また、同(5)のとおり自己資金認定資料の名義人名を書き改めたのは申請人であることが明確になった。そこで、賞罰委員会は、減給処分後に新たに判明したこれらの事実により、申請人を懲戒解雇処分とするのが相当であるとの結論に達し、翌一五日、その答申を受けて本件解雇がされることとなった。被申請人会社は、申請人を本社へ出頭させて解雇を通告する予定でいたが、当日、申請人から出頭できない旨の電話があったので、花田恭人事部長が申請人に対し、その電話により、解雇理由を具体的に告げたうえ本件解雇の通知書を読み上げてその意思表示をし、更に、同日、右通知書を内容証明郵便により発送した。
四 本件解雇の効力
疎明資料によれば、被申請人会社の就業規則は、四九条で、懲戒の種類を譴責、賃金減給、出勤停止、降職、諭旨退職及び懲戒解雇の六種とし、情状の軽重に従ってこれを行うと定め、五〇条で、その懲戒基準を「服務規律に違反し、その情状重いとき」(一号)、「重要な経歴を偽り、その他詐術を用いて雇用されたとき」(七号)、「職務上の事に関し不正不当の金品をうけたとき」(一一号)などと定め、また、七条で、服務規律として「業務遂行に当っては会社の方針を尊重し、自己の職務は、これを正確且つ迅速に処理するとともにその能率化を図ること」(二号)、「会社の名誉を害し、信用を傷つける様なことはしないこと」(三号)、「職務上の事に関し、不当に金銭、物品の贈与又は饗応を受け或は私借しないこと」(七号)などと定めていることが認められる。
そこで、これらの規定に照らして前記二の(1)、(2)、(3)及び(5)で認定した申請人の行為をみると、まず、前記二(1)の行為は、大学入学の事実がなく、警察官としての経歴も警察学校在籍期間を含めて約一年五か月しかないのに、大学に入学し、警察官として約九年の経歴を有すると偽ったものである。ところで、被申請人会社は多額の融資を取り扱う住宅金融会社であり、特にその窓口となって融資決定のための調査等を直接担当する審査役については、職務能力の面での評価のみならず、人物としての信頼性も当然に要求されるものというべきであるから、このように経歴を偽ること自体が既に審査役としての適格性に疑いをもたせるものであり、しかも、被申請人会社が大学入学の事実を能力評価の目安とし、警察官としての経歴の長さを信頼性評価の拠り所として申請人を雇用したことを考慮すれば、このような経歴詐称は、重要な経歴を偽ったものとして、就業規則五〇条七号の懲戒事由に該当するものといわなければならない。
また、前記二(2)の行為は、特定業者と癒着して過度の供応を受けたとの評価を免れないものであり、就業規則七条七号の服務規律に違反し、その情状が重いものとして同五〇条一号の懲戒事由に該当し、同(3)の行為は、同条一一号の懲戒事由に該当する。
更に、前記二(5)の行為は、単に審査に手心を加えた不適切なものというにとどまらず、文書を変造して積極的に不正行為に加担したものというほかはないから、審査役として誠実に審査を行うべき任務に対する重大な背反行為として就業規則七条二号の服務規律に違反するとともに、被申請人会社の信用を傷つける行為として同条三号の服務規律にも違反し、その情状が重いものとして同五〇条一号の懲戒事由に該当することは疑問の余地がない。
そして、前記三のとおり、申請人が経歴詐称の点や自己資金認定資料の変造の点を最後まで否認し、自己の非に対する反省の様子を見せなかったことや、前記二(6)のとおり、申請人が佐建工業や明代商会経由で取り扱った融資案件に多額の延滞が発生していることなどの事情をも考慮すれば、申請人のこれらの行為は、総合して著しく情状が重く、これ以上被申請人会社との間の雇用契約の継続を望むべくもないから、懲戒解雇に値するものといわなければならない。
したがって、これらの懲戒事由に基づいてした本件解雇は有効であり、解雇権の濫用はない。
なお、申請人は、本件仮処分申請において、履歴書記載の経歴の誤りと自己資金認定資料への名義人名の書き込みを認め、前者については、前勤務先の株式会社拓産からその社員が適宜作成した履歴書を入手し、内容を確かめないまま筆写したので結果として間違った旨、後者については、急ぎ夜を徹して書類作成のとき明代商会が名義人欄が空欄になった資料の写しを持ってきたので、他意なく、名義人を示すつもりでその名前を代行記入した旨それぞれ弁明するが、いずれも不自然で、弁明として通用するものとは考えられない。申請人は、また、佐建工業からの供応の点や高橋からの謝礼金の点について、山口前営業課長らに振り回されたのがすべての原因である旨主張するが、仮にそのような事情があったとしても、自らの行為についての申請人の責任が軽減されるものではない。
更に、申請人は、一連の事件については既に減給処分により懲戒が終了しているのに、本件解雇は、一事不再理の原則に反し、何ら合理的理由なく同一の事由で再度の懲戒をし、しかも、申請人の弁明を実質的に聴かず、解雇理由も明示しないでしたものであるから、無効であると主張する。しかし、前記三のとおり、被申請人会社は、減給処分の対象となったのとは別の事由で、申請人の弁明を聴いたうえ、解雇理由を告げて本件解雇をしたものであるから、申請人の主張は失当である。
五 結論
そうすると、申請人の本件仮処分申請は、被保全権利について疎明がなく、保証を立てさせて疎明に代えることも相当でないから却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 片山良廣)